意見陳述 今 野  宏  議長並びに議員の皆さん、今回、陳述の機会を与えてくださったことに感謝 します。市長には、本条例案をお取り次ぎいただいたことに感謝します。  前回より1万筆余りを上回った市民の署名数、今この運動に加わった多数の 市民も、今回の議会の成り行きを見守っていると思います。  市長を始め、多くの議員から「重く受け止める」との言葉をいただいていま す。何しろ4千を超える受任者が市内をまる一月にわたって駆けめぐり、一筆・ 一筆を集めての数です。作業や打ち合わせ会議を重ね、連絡センターのための 事務所を設営し、宣伝カーを走らせ、集会や学習会を組織し、宣伝ビラやニュ ースを発行し、資金を調達するなど、この間に運動に参加した市民の人員とそ の努力は、おびただしいものでありました。  私たちは、この条例制定請求を、2度も行い、しかも2度目は1度目の25% も増やせたことは、市民の住民投票へのに関心がいかに高かったかを示すもの と「重く受け止めて」いただきたいのであります。  しかし、13日の本会議での市長の意見、並びに答弁をお聞きして、率直に申 してびっくりいたしました。「重く受け止める」との言葉とは裏腹に、「外交は 国の専管事項」だから「住民投票はなじまない」。憲法73条の2項がその根拠 だということです。市長の認識が前回と少しも進歩していないことは、驚きで あります。市長は、市民の大きな望みを、羽毛ほどにも「受け止めてはおられ ない」ことを、改めて知らされた想いでありした。  市長が国の「専管事項」とする根拠は、憲法の内閣について述べた第5章の 第73条「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ」の「2.外交関係 を処理すること。」のことです。行政事務が各種の専管事項ごとに行われるのは ごく一般的なことです。それらがすべて地方自治体からの要望を排除する理由 となるのでしょうか。そうだとすれば、同じく第73条の5にある「予算を作成 して国会に提出すること。」などに対しても、地方自治体は陳情・請願を一切で きないことになるではありませんか。  法律の条文は、その一部だけを他から切り取って読むことは、しばしば誤り を犯すことになります。  憲法の「国民の権利及び義務」を定めた第3章に、「第16条 何人も、損害 の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事 項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいか なる差別待遇も受けない。」という条文があります。この規定は、地方自治体が 国に対して請願する場合にもそのまま当てはまるものと解釈されます。  この条文に従えば、米軍基地の再編強化を認めない自治体に対して基地交付 金の配分をしない、あるいはカットする、などの措置は許されない行為といわ なければなりません。憲法は、そこまで国民の権利・自治体の権利を保障して いるのであります。  横須賀市で、本県住民投票条例案が成立し、住民投票が行われて、かりに原 子力空母の受け入れは「否」との結果になったとしても、市長がこれを横須賀 市民の意志として政府に伝える、あるいは、自治体としての横須賀市の請願と したとしても、法的には何ら問題はありません。仮に、蒲谷市長の信念に関わ る、ということであれば、(あくまでも仮の話ですが)市長を選出した主権者の 意志との間に乖離が生じたのであり、市長はいったん辞職され、あらためて市 民の意志を問うのが正道ではないか、と存ずる次第です。  市長はまた、前回の条例案が否決されたのは、市民の代表である市議会の責 任で決したのであるから、正当である旨を一度ならず答弁されていました。  市長が今回の条例制定請求の意味を全く理解されていないことを知り、ショ ックを受けたのは私ばかりではありませんでした。条例制定請求を議会に求め たのが、市民すなわち主権者であり、民意を代表すべき議会が民意を否定した ところにこそ問題の根源があるのです。にもかかわらず、市長のお答えは、主 権者の意志に反した議会の決議の方をオーソライズ(権威付け)するという、これ では主従を全く倒錯したものではありませんか。  私たち市民は、「この市長あってこの議会あり」では困るのであります。この 2回目の条例制定請求に当たって、今度こそ市議会が私たち市民の、正真正銘の 代表であることを示していただきたい、このことを強く願うものであります。  さて、この2回目の請求では、市の安全対策が市民にとって、あるいは首都 圏住民にとって、安心が得られるものなのかどうかを問うことにもなっていま す。原子力空母の安全対策を考える場合、日本における原子力発電所等の安全 対策との比較で考えるのが早道でしょう。  日本の原子力行政は1955年12月に「原子力基本法」の制定をしたことに始 まるといってよいでしょう。  原子力エネルギーの世界最初の利用は、1945年の広島・長崎への原爆の投下 という、大量殺傷と大量破壊をもたらした不幸な出来事として、でありました。  核エネルギーは、従来の火薬などの化学反応などとは違い、ウラン235の原 子核の核分裂によって発生するエネルギーです。ウラン235の原子核が大量に 集合すると原子核の分裂が拡大連鎖反応をおこします。広島では約60sのウラ ン235を使ってNTT高性能火薬、約1万6千トンに相当する爆発力であった そうです。  この莫大なエネルギーを原子炉でゆっくりと反応させることができれば平和 目的に使えるようになります。もともとが爆発的に連鎖反応を起こしてしまう 性質を持つ核燃料を、安定してゆっくり反応させる技術が難しく、やっとその 技術ができあがり、日本でも発電用原子炉の研究を本格化し始めるのに、およ そ10年が必要だった、ということです。  原子力基本法は原子力の憲法といわれるように、基本的重要事項だけが定め られています。その第2条は「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民 主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開」すること を定めています。  これは当時、日本の原子物理学者らが、ともするとアメリカの技術を盲目的 に導入しがちになることに警告を発し、研究者の民主的な討論が保証される組 織、アメリカに頼らない自主的な研究、技術的問題はすべて公開、などが重要 であるとし、いわゆる「民主・自主・公開」の「原子力平和利用の3原則」を 基本に据えたものです。  現在、原子力行政は、この基本法の下に原子力委員会、並びに原子力安全委 員会を車の両輪に据え、主として安全に関わる機関としても、原子力安全委員 会(内閣府)、科学技術・学術政策課(文科省)、放射線総合医学研究所(独立行政法 人)その他多数の政府関係機関があります。  原子力委員会が年度ごとに発行する「原子力白書」、原子力安全委員会が同じ く発行する「原子力安全白書」には、日本の原子力施設に関する詳しい報告が、 事故や、明らかになった事故隠し、までも含めて詳細に掲載されています。  原発大国といわれる日本の原子力行政は、まだ改善すべき点が多々あるとは いえ、厳しく行われようと努力はされているのです。    ところが日本政府は、横須賀が、厳しく構築されている原子力制度の規制を 一切受けない原子力空母の母港になろうとしていルことを、認めてしまってい ます。そればかりではありません。その延長線上には、横須賀港が原潜も含む 本格的な原子力軍艦の基地へと変貌する気配さえ見せているのです。これは、 明らかに「原子力の治外法権」が横須賀で実現されることに他なりません。    「原子力空母の重大事故などはそう起こるものではない」などという確率的 な見方で軽視するのは、大変危険なことです。また、ひとたび事故が起これば、 それが首都圏に与えるであろう壊滅的な損失に考えが及ばない人が市民の代表 だなどということは、困ったことです。  もともと、確率というのは、ある程度多数回の事故を経験してみて初めて意 味を持つ値です。その場合でも横須賀のジョージ・ワシントン一隻に注目した 場合、それがいつ事故を起こすかは全くわかりません。入港後数日にして起こ るかもしれないし、あるいは老朽化して退役するまで起きないかもしれない。 多分に偶然のきっかけで起きる事故ですから、誰もそれを占うことはできない のであります。しかし万が一起きた場合を考えてみたらいかがですか。私たち 人間には想像してみる能力があります。  地震で鉄道が何カ所かで止まっただけで、首都圏はたちまちパニックになる ではないですか。放射能が目に見えない霧となって首都圏に拡散したら、何百 万の人たちの避難が必要となるでしょう。その避難路の確保は。交通手段は、 どうなるのか。街は混乱のちまたと化すでしょう。広い地域に広がった放射能 汚染から、長期にわたって人が入れない地域ができることも考えなくてはなり ません。  今バングラディシュや中国で、大きなサイクロン災害や地震災害が起きて、 救済活動が心配されています。  横須賀市民の多くが、このような危機感を持っているからこそ、原子力空母 問題をに関心を寄せていことは明らかです。私たちが署名をお願いして歩く際 に、特に子供のいる若い母親に多かったのですが、「子供や孫たちの世代まで、 安心して暮らせる横須賀であってほしい」という願いが寄せられたことを、多 くの受任者が経験しています。あるいは、訪ねると不自由な足で出てこられて 「署名がくるのを待っていました」とおがむように手を合わせてから、震えが ちな手で一字一字しっかりと書いてくれたご老人もいました。  中には、自分は賛成だから」と断る人もおられたのは当然ですが、それでも、 賛成の人は賛成票を入れられることを説明すると、署名してくれました。自衛 隊職員や基地内で仕事をする人たちからは、その旨を告げた上で、署名できな い、と断られることもありましたが、なかには奥さんや家族に勧めてくれたケ ースも聞いています。受任者たちは、このような場面で感激し、元気をもらう のです。若い世代の受任者も含めて、署名集めは初体験というも人も少なから ずおられました。生活感覚豊かな女性たちが、毎昼エプロン姿でYデッキに勢 揃いし明るく呼びかける署名も名物になったことでしょう。  署名集めは労力が要る仕事ではありますが、自分たちの願いが一筆一筆と大 きくなっていくのは大きな喜びになり、顔もほころびます。提出された署名は、 願いと汗と喜びの結晶です。  市会議員諸氏におかれましては、今度こそ本当の市民の代表として、署名に 込められた尊いまでの市民の精神を、条例という形にしていただきたいと、心 からご訴え申し上げ、私の意見陳述を終わります。  ご静聴、ありがとうございました。